諏訪最古の石仏に会ってきた。(長野県諏訪郡下諏訪町上久保 土田墓地)
こちらはわたくしの愛読書のひとつ。諏訪教育会編纂の「諏訪の石仏」です。この表紙になっている弥勒菩薩座像、なんか魅力的だなと思っていたら年代のわかる石仏の中では諏訪郡で最古の石仏なのだそうです。
調べてみると諏訪郡下諏訪町上久保の土田墓地にあるということなので会いに行ってみました。
体力に自信がないので駅前のレンタルサイクルで電動アシスト自転車をお借りして土田墓地に向かいます。(レンタルは1時間毎100円。この辺の相場は500円くらいなのでめちゃめちゃお得。)ただこの自転車、カゴの前に思いっきりでっかいゼッケンみたいなボードが貼ってあるので、気合入れないと結構恥ずかしいです。とはいえ、初めて電動アシストに乗ったのですが、きつい坂道でもすいすいこげます。下諏訪の坂だらけの街を乗り回すのは最高に気持ちよかったです。これはクセになる。
土田墓地につきました。立ち入れる場所に石仏があるのか不安でしたが、墓地に入る手前の小道に、他の道祖神様や六地蔵様と一緒に置かれていました。よかった。
(右手前の自転車がレンタル自転車。)
立派な六地蔵様。奥が墓地になっています。
そしてこちらが、諏訪郡最古の弥勒菩薩座像です。
地元の伝説によると、安土桃山時代に武田勝頼が諏訪大社下社秋宮にあった千手堂を再建した際、工事中、毎日職人たちにお茶を出してくれるおばあさんがいたのですが、完成後ぱったり姿を現わさなくなったため、みんなで「あれは弥勒菩薩様だったに違いない」と噂し、感謝の気持ちを込めて石工たちが石仏を彫ったのだと伝えられています。
なんか、この話しだけだとただの世話焼きのおばあちゃんの話に聞こえなくもないですが・・・(^_^;)
実際のところは千手堂再建の費用を全額負担した春芳軒(しゅんぽうけん)という長者が無事に工事が完了するように弥勒菩薩様に願をかけ、成就のお礼に作らせたものではないかと言われています。
ところで、弥勒菩薩像とは下の写真のように膝を立て、手を顔の辺りに持ってくるポーズが一般的です。
ところが、土田墓地の弥勒菩薩座像は俗人のような被り物をしていて、このような姿とはかけ離れているように見えます。
これは春芳軒が記念に、ひそかに自分に似せて作らせたからではないかと言われています。確かに菩薩様というより、金持ち商人のイメージに近い姿に見えてきます。普通なら、これ菩薩様ですか?とか言っちゃいそうですが、全部お金だしたのならとみんな目をつぶったのかもしれません(笑)
今となってみれば普通の造形じゃないのが、味であり魅力となっているこの石仏。下諏訪にお越しになった際にはぜひ訪ねてみてください!
最後までご覧いただきありがとうございました!
短い動画なのでよかったらどうぞ↓