万葉集にはどんな歌が詠まれているのか? ~令和の由来ともなった「梅花の宴」~
前回の記事では令和の由来について東京国際フォーラムに展示されていた解説とジオラマを参考に紹介しました。
今回は令和の年号の典拠となった万葉集の中の『梅花の宴』の場面で歌われた32首の歌を紹介します。
が、ちょっとその前に万葉集とはどのような歌集なのかを簡単に調べてみました。
Q 『万葉集』とはいつ頃編纂された歌集なのか?
A 7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された(わが国最古の歌集)。長年にわたり複数の編者の手が加わり、最終的に大伴家持(おおとものやかもち)の手によって完成されたとされている。
Q 誰が詠んだ歌なの?
A 作者は天皇、貴族から下級官人、農民、防人など身分を問わず様々。日本各地から歌が集められ、収められている。
Q どのくらいの歌が収められているの?
A 約4500首。全20巻にまとめられている。
この『万葉集』の中の「梅花の宴」のシーンは梅の花の下で行われた宴会で詠まれた32首が収められています。場所は、今の福岡県に置かれていた大宰府の長官・大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅で、庭でお酒や食事を楽しみながら歌を詠んだ様子が序文に描写されています。下のジオラマでその時の様子を再現しています(東京国際フォーラム展示)。
(序文の現代語訳は冒頭の前回記事のリンクから確認できます。)
およそ1300年程前の日本人は梅の花を前に一体どんなことに感動し、どのように表現したのでしょうか。それでは32首の和歌と現代語訳を見てみます。
①正月(むつき)たち 春の来たらば かくしこそ 梅を招きつつ 楽しきを経(へ)め
(正月になって春がきたならば、今後も毎年このように梅を見ながら楽しい事の限りを尽くしましょう。)大弐紀卿
②梅の花 今咲ける如(ごと) 散り過ぎず 我が家(へ)の園(その)に ありこせぬかも
(梅の花よ。今咲いているように、いつまでも散ってしまわずにこの家の庭に咲きつづけてくれないか。)少弐小野太夫
③梅の花 咲きたる園の 青柳は かづらにすべく 成りにけらずや
(梅の花の咲いているこの庭の青柳もまた、髪飾りにすることができるほど立派になったではないか。)少弐栗田太夫
④春されば まず咲く庭の 梅の花 ひとり見つつや 春日(はるひ)暮さむ
(春になると最初に咲く庭の梅の花を、私ひとりで眺めつつ春の日を過ごすなどどうしてできようか。)筑前守山上太夫(山上憶良)
⑤世の中は 恋繁(しげ)しゑや かくしあらば 梅の花にも 成らましものを
(世の中は恋に苦しむことが多いものだ。それならばいっそ梅の花にでもなってしまいたいものだ。)大豊後守大伴太夫
⑥梅の花 今盛りなり 思うどち かざしにしてな 今盛りなり
(梅の花は今が盛りだ。親しき人々よ、かんざしにして飾ろう。今が盛りだ。)筑後守葛井太夫
⑦青柳(あおやなぎ) 梅との花を 折りかざし 飲みての後(のち)は 散りぬともよし
(青柳と梅の花を折って髪飾りにして、酒を飲んだその後は梅の花はもう散ってしまってもかまわない。)笠沙弥
⑧わが園に 梅の花散る ひさかたの 天(あめ)より雪の 流れくるかも
(我が家の庭に梅の花が散っている。それとも天から流れるように雪が降っているのだろうか。)主人(大伴旅人)
⑨梅の花 散らくはいづく しかすがに この城(き)の山に 雪は降りつつ
((前の旅人の歌をうけて)どこに梅の花が散っているのですか。それにしても、まだ春は浅く、この城の山には雪が降り続いていますよ。(旅人の比喩に調子を合わせている))大監伴氏百代
⑩梅の花 散らまく惜しみ わが園の 竹の林に うぐいす鳴くも
(梅の花が散るのを惜しんで、私の庭の竹林にうぐいすが鳴いているよ。)少監阿氏奥島
⑪梅の花 咲きたる園の 青柳(あおやぎ)を かづらにしつつ 遊び暮らさな
(梅の花の咲いている庭の青柳を髪飾りにして、梅の花を眺めつつ一日を遊び暮らしましょうよ。)少監土氏百村
⑫うち靡(なび)く 春の柳と 我が宿の 梅の花とを いかに分かむ
(たなびいている春の柳と家の梅の花と、どちらが優れているのかなど、どうして判断できようか。)大典史氏大原
⑬春されば 木末隠(こぬれがく)れて 鶯ぞ 鳴きて去(い)ぬなる 梅が下枝(しづえ)に
(春になると、梢の茂みに隠れている鶯が、鳴いては飛び移ったりしている。梅の下枝に。)少典山氏若麻呂
⑭人ごとに 折りかざしつつ 遊べども いや珍らしき 梅の花かも
(みなそれぞれ(枝を)折り髪飾りにして遊んでいるが、飽きることがなくて、ますます素晴らしい梅の花だなあ。)大判事丹氏麻呂
⑮梅の花 咲きてちりなば 桜花 継ぎて咲くべく なりにてあらずや
(梅の花が咲き散ってしまったならば、つなぐように桜の花が咲きそうになっているではないか。)薬師張氏福子
⑯万代(よろずよ)に 年は来経(きふ)ども 梅の花 絶ゆることなく 咲き渡るべし
(はるか長い歳月を経ても、梅の花は絶えることなく咲き続けるだろう。)筑前介佐氏子首
⑰春なれば 宣(うべ)も咲きたる 梅の花 君を思ふと 夜眠(よい)も寝(ね)なくに
(春になってなるほどよく咲いた梅の花よ。君がいつ咲くかと自分は夜も眠れなかったのに。)壱岐守板氏安麻呂
⑱梅の花 折りてかざせる 諸人(もろひと)は 今日の間(あひだ)は 楽しくあるべし
(梅の花を折り髪飾りにして遊ぶ人々は、今日一日がさそかし楽しい事だろう。)神司荒氏稲布
⑲年のはに 春の来たらば かくしこそ 梅をかざして 楽しく飲まめ
(毎年春が来たならばこうして梅をかざして楽しくお酒を飲もう。)大令史野氏宿奈麻呂
⑳梅の花 今盛りなり 百鳥の 声の恋しき 春来たるらし
(梅の花は今が盛りだ。色々な鳥たちの声の恋しい春がやってきたようだ。)小令史田氏肥人
㉑春さらば 逢はむと思いし 梅の花 今日の遊びに あひ見つるかも
(春になったら会おうと思っていた梅の花に、今日のこの宴の席で出会えましたよ。)薬師高氏義通
㉒梅の花 手折りかざして 遊べども 飽き足らぬ日は 今日にしありけり
(梅の花を手折り髪に飾って遊んでも、遊び足りない日とはまさに今日のことだなあ。)陰陽師磯氏法麻呂
㉓春の野に 鳴くや鶯 懐(なつ)けむと 我が家(へ)の園に 梅が花咲く
(春の野に鳴く鶯。その鶯を呼び寄せようと我が家の庭に梅が花を咲かせている。)算師志氏大道
㉔梅の花 散り乱(まが)ひたる 岡傍(び)には 鶯鳴くも 春片(かた)設(ま)けて
(梅花の散り乱れる岡の辺りに鶯が鳴き、春がますます深まっていく。)大隈目榎氏鉢麻呂
㉕春の野に 霧立ち渡り 降る雪と 人の見るまで 梅の花散る
(春の野に霧が立ち渡って、雪が降るのかと人が思うほどに梅の花が散っている。)筑前目田氏真神
㉖春柳(はるやなぎ) かづらに折りし 梅の花 誰(たれ)か浮(うか)べし 酒杯の上に
(髪飾りにするために折った梅の花を、酒盃の中に誰が浮かべたのだろうか。)壱岐目村氏彼方
㉗鶯の 声(おと)聞くなへに 梅の花 吾家(わぎへ)の園に 咲きて散る見ゆ
(鶯の鳴く声を聞くのにつれて、梅の花が我が家の庭に咲いては散るさまが見える。)対馬目高氏老
㉘我が宿の 梅の下枝(しずえ)に 遊びつつ 鶯鳴くも 散らまく惜しみ
(我が家の美しく咲いた梅の下枝で遊びながら鶯が鳴いている。梅の散るのを惜しんで。)薩摩目高氏海人
㉙梅の花 折りかざしつつ 諸人(もろひと)の 遊ぶを見れば 都(みやこ)しぞ思ふ
(梅の花を折りかざして人々が遊ぶのを見ていると、都のことが思い出される。)土師氏御道
㉚妹(いも)が家(へ)に 雪かも降ると 見るまでに ここだも乱(ま)がふ 梅の花かも
(恋しい人の家に雪が降るのではないかと思うほどに散り乱れる梅の花だ。)小野氏国堅
㉛鶯の 待ちかてにせし 梅が花 散らずありこそ 思ふ子がため
(鶯が開花を待ちわびていた梅の花よ。散らずにいてほしいものだ。わが愛するひとのために。)筑前掾門氏石足
㉜霞(かすみ)立つ 長き春日(はるひ)を かざせれど いや懐かしき 梅の花かも
(霞の立つ長い春の日に髪飾りにしているが、なおも恋しい梅の花だ。)小野氏淡理
(以上、東京国際フォーラム展示解説・現代語訳を参考に意訳)
いかがだったでしょうか。現代の生活のような多様性はないので、みな似通った語彙が使われていますが、それでも様々な角度から、おもいおもいに気持ちを表現しています。新しい発見だったのは梅花や柳で、髪や冠を飾るのが昔の人にとってはこの上ない贅沢な遊びだったことが読み取れることです。美術館やコンサート会場なんかなくても、花とお酒と自作の歌で楽しめるその精神性は豊かでうらやましく思います。
今まで和歌を作ろうなんて思いもしませんでしたが、梅の咲く季節に自分でも和歌を作ってみるのも悪くないかもしれないと思いました。皆さんも梅を見たらその思いで一句作ってみてはいかがですか?
ここで一句・・・。
・・・と思いましたが何も浮かばない。びっくりするほど浮かばない。梅がないからだな・・・。たぶんそうだ。来年、梅が咲くまで持ち越しです・・・。きっと来年いいのが思い付くはずです。たぶん。
最後までご覧いただきありがとうございました!